レンズを通して:開発途上国における糖尿病ポートレート

 

ノボ ノルディスクにより2002年に設立された世界糖尿病財団(WDF)は、開発途上国において糖尿病と糖尿病合併症を抱える人々の苦しみを軽減するため、これまでに100カ国以上で活動を行ってきました。

写真家のイェスパー ウェストレイ氏は、WDFの設立当初からプロジェクトに参加し、WDFの活動による恩恵を受けた何百万人もの人々の写真を撮り続けてきました。ここでは、世界に蔓延する糖尿病の最前線を、それぞれのストーリーや希望、そして恐れを写真に映し出してきた彼の16年にわたる独自の視点からご紹介します。

 


2型糖尿病とともに生きるハルファン(タンザニア)

 

2型糖尿病とともに生きるハルファン(タンザニア)

 

「WDFに依頼されて初めて撮った写真が、2002年に訪れたタンザニアでのものでした。ハルファンは40代前半で、妻と子どもたちがいました。この写真は、2型糖尿病の合併症が原因で彼が脚を切断した6カ月後に撮影したものです。この経験を通じて、私は初めて糖尿病のために患者さんやその家族に何が起こるのかを知りました。

ハルファンは自宅の外に立ち、通り過ぎる人々を眺めていました。太陽が彼に影を落とすのを眺めていると心が痛み、そしてこの瞬間こそカメラに収めるべきだと思いました。その時、そこにいるはずの彼が、なぜかまるで存在しないかのように感じられたのです。

私は決してハルファンを忘れることはないでしょう。彼は非常に明るく、とても優しい陽気な顔立ちをしていましたが、糖尿病合併症は今もなお、彼に影を落としていることでしょう」

 


2型糖尿病とともに生きるシャルバット サディロワ、ブハラ 内分泌クリニックにて(ウズベキスタン)

 

2型糖尿病とともに生きるシャルバット サディロワ、ブハラ

内分泌クリニックにて(ウズベキスタン)

 

「私が初めてウズベキスタンを訪れたとき、打ちのめされるような糖尿病合併症のストーリーに出会うであろうと想像していました。しかし、ウズベキスタンでクリニックや病院を見学するうちに、システムが強化され、人々の生活は変化し、糖尿病に関する知識が構築されつつあるということが分かりました。そして気づけば私は、その点に注目してシャッターを切っていました。

The Charity Union of Disabled Persons and Diabetics(UMID)は、WDFの最も古いプロジェクトパートナーのうちの一つです。この写真は、旧ソビエト連邦の役人がかつて住んでいた住居に構えたブハラクリニックで撮影されたものです。

写真の女性は、糖尿病により兄弟を2人亡くしていたため、自分自身は糖尿病には負けないと決心していました。10年間にわたり、彼女はUMIDが運営するクリニックに年に2回訪れています。この写真はDr. Nimatov Mirmuhsinが彼女を診察しているところで、彼女の眼は健康であると太鼓判を押しています」

 


ソリオ ランチのクリニックでのスクリーニングキャンプ(ケニア)

 

ソリオ ランチのクリニックでのスクリーニングキャンプ(ケニア)

 

「The Kenya Defeat Diabetes Association(KDDA)は、ルーベン マゴコという70歳の男性が2型糖尿病と診断された直後に、彼自身によって設立されました。WDFはこの草の根組織を支援しており、糖尿病患者さんが自らの糖尿病をコントロールできるように、彼らを啓発し、勇気づけ、行動に移すよう、現在ではケニア全土で活動を展開しています。

この写真は、ナイロビから300kmほど北部にあるケニア山のすぐ近くに位置する、KDDAとライキピアカウンティの地方政府が運営している医療キャンプで撮影したものです。このキャンプでは、地元の7つの村に居住するおよそ12,000人の住民の血圧、肥満指数、血糖値を測定し、その他の医療サービスも提供していました。

キャンプには熱気があふれ、この写真から、ボランティアと地域の女性とのつながりが手に取るようにわかります。この写真は、KDDA創設者であるルーベンの情熱、そしてKDDAとWDFのパートナーシップを支えるエンパワーメントの精神を映し出しています」

 


2型糖尿病とともに生きるグレース ワムユ(ケニア)

 

2型糖尿病とともに生きるグレース ワムユ(ケニア)

 

「私がこの写真を撮影したとき、グレースは52歳でした。彼女はその10年前に糖尿病と診断され、2012年に重度の糖尿病性足潰瘍のために入院し、最終的に膝下を切断することになりました。その翌年、彼女は両眼の視力を失いました。

ケニアでは、農業、料理、育児など全てのことを女性が行います。グレースは糖尿病合併症に苦しむ中で、人生の中心であった家族内での役割を失いました。私が彼女に会ったとき、彼女は1日の大半を小さなトタン小屋で過ごしていました。日中、夫が大工として働いている間、長女がグレースの世話をしていました。

私が撮影していると、どこからか歌が聞こえてきて、彼女はそれに合わせてハミングをしていました。彼女にとって人生は、ほとんどすべてが頭の中で起こっているものとなっていました。彼女ができることといえば、ラジオを聴くことだけでした。それにもかかわらず、彼女がいかにうまく自らの状況を受け入れ、困難に打ち勝とうとしているかを知って驚きました」

 


アラビンドのスクリーニングキャンプで出会った白内障の男性(インド)

 

アラビンドのスクリーニングキャンプで出会った白内障の男性(インド)

 

「アラビンド アイ ホスピタルグループは、1976年にマドゥライで設立されました。同グループはWDFの最初のパートナーの一つであり、彼らの貧困に苦しむ患者さんを治療するためのサステナブルなモデルは、WDFに多大な影響を与えています。彼らが呼び込みのスタッフと一緒に人力車で無料の眼科検診を住民に呼び掛け、訪れた何千人もの住民を素早く効率的に診察し、対応する姿を見るのは、実に興味深い光景でした。

何千人もの群衆の中から、私の目の前に現れたのがこの男性でした。彼は周りの音はすべて聞こえていましたが、迷子になっていたのです。私は彼を立ち止まらせて、彼の肩に手を置きました。そして、とても静かに話しかけると同時に、彼を撮影したのです。

この写真は、レンズを通して多くの時間を過ごしてきた写真家の私に、何かを切り開くためには、時としてより広い視野で物事を見ることが重要であるということを改めて思い起こさせます。この出会いの瞬間を、私は決して忘れないでしょう」

 


1型糖尿病とともに生きる少女(カンボジア)

 

1型糖尿病とともに生きる少女(カンボジア)

 

「WDFが、カンボジアに新しい糖尿病クリニックを建設しスタッフを募集するための資金集めの旅をしている途中で、私はこの写真を撮影しました。カンボジアに到着すると、他のWDFのメンバーとともに、これから建設するクリニックを利用することになるであろう1型糖尿病の子どもたちを探しました。この旅は特に差し迫ったものでした。1型糖尿病の子どもたちは、治療しなければ若くして亡くなってしまうからです。

ついに私たちは、この13歳くらいの少女を見つけました。記録が残っていないため、誰も彼女の正確な年齢を知りませんでした。彼女は既に眼の合併症を罹っており、生きているのが幸運な状態でした。彼女の両親は、彼女の後ろに見える小さな湖で漁をして生計を立てていました。毎日、彼女は両親と出かけなければなりませんでしたが、日差しがまぶしくて、眼を痛めていました。魚を1匹も捕まえられない日は、彼女は空腹でした。

オランダのNGOが彼女にインスリンを提供していましたが、家族には彼女に必要なさまざまな治療を受けさせるだけのお金がいつもあるわけではありませんでした。彼女は私がまたカンボジアに戻って会いたいと思うような子どもの1人です。今でもよく、彼女や彼女のような子どもたちが今日はどこにいるのだろう?と考えるときがあります」

 


1型糖尿病とともに生きる少女(ケニア)

 

1型糖尿病とともに生きる少女(ケニア)

 

「私はWDFのパートナーを通じて、この少女と彼女の5人の兄弟に会いました。彼女は5歳か6歳くらいでしたが、発育不良のために2歳くらいに見えました。家族の生活は厳しく、彼女の糖尿病治療を優先するか、それとも家族全員を養うためにお金を使うかという問題にしばしば直面していました。

この写真で、少女は一人で座っています。私は家族に、彼女が母親におんぶされていないときには何をしているのかと尋ねました。すると彼らは、彼女はこの小さな家のこの部屋に座っていると答えました。それは屈辱的な、疎外された、寂しいことであると感じました。あまり語られることはありませんが、多くの国における糖尿病患者さんのリアルな生活の一面であるといえます」

 


2型糖尿病とともに生きる高齢女性(パレスチナ、ヨルダン川西岸地区)

 

2型糖尿病とともに生きる高齢女性(パレスチナ、ヨルダン川西岸地区)

 

「この写真の女性は、WDFのパートナーである国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が運営するキャンプで生活する国内避難民の1人です。家の中に入ると、その光景とにおいから非常に貧しいことがわかりました。彼女は高齢で非常に体が弱く、極度に貧しく、夫と一緒に生活していました。夫も2型糖尿病を患っており、障がいを抱えた成人の息子が2人いました。彼女はわずかなお金で医薬品と食料の両方を購入するためにやり繰りしなければなりませんでした。家にはさまざまな医薬品がありましたが、盲目のためラベルを読むことができませんでした。

この写真からは、UNWRAの看護師2名の彼女に対する共感がよく見て取れます。彼女たちはこの女性に敬意を払い、寄り添っていました。部屋に突然光が差したとき、この写真を撮影したのです。すべてがこの1枚に収められているように感じます。この写真は、地方に住む人々にとって、その地域のクリニックがいかに重要かを物語っています。

ここを立ち去るとき、看護師たちはこの女性を紹介してくれたことに対し、私たちに礼を述べました。UNWRAは彼女のための金銭支援を開始し、以後彼女をクリニックに連れていくために定期的に訪問するとのことでした。今回の経験や、これ以外のWDFとともに行ってきた多くの経験が、状況を変えることは可能であるという希望を、私に与えてくれます」

 


 

イェスパー ウェストレイ氏は、これまでに60カ国以上で活動を行ってきました。この写真は彼のケニアでのWDFとの活動の様子です。

これらの写真の公表を了承くださったイェスパー ウェストレイ氏と世界糖尿病財団に、感謝の意を表します。

 

 

世界糖尿病財団について

 

世界糖尿病財団(WDF)は、開発途上国における糖尿病の予防・治療プロジェクトへの資金提供に尽力する数少ない団体の一つです。WDFは、国内や地域の活動を通じて、世界規模のコミットメントを果たすために尽力する政府、市民社会、その他の非国家主体を支援しています。

この目的を達成するため、WDFはパートナーシップを構築し、他者がさらなる活動を行うことができるよう支援しています。WDFは2002年以降、116カ国で535のプロジェクトに対し1億3,800万ドル(US)を支援しています。