社長対談 一橋大学 CFO教育研究センター長 伊藤邦雄

※脚注:ROESGとは、伊藤氏が考案した、収益力とESG経営を両立している企業を評価する指標です。

私は、経済産業省における「SDGs経営/ESG投資研究会」の座長を務め、収益力の高さと持続的な経営を両立させている企業を評価するための「ROESG」という指標を考案し、商標を取得しました。収益力の高さを評価するにはROE (自己資本利益率) 、持続的な経営についてはESGという評価軸がありますが、その2つをうまく組み合わせた指標がなかったからです。昨年、日本経済新聞社がこの指標に基づいて世界の企業にスコアをつけたところ、ノボ ノルディスク社が圧倒的な1位でした。恥ずかしながら私は御社の存在をこのとき初めて知って、衝撃を受けた次第です。

ご評価いただき、光栄です。当社は95年以上にわたって、糖尿病やその他の慢性疾患を抱える患者さんやご家族を支えたいという思いで事業を展開してきました。つまり社会のニーズに応えたいという思いは創業時から当社に組み込まれています。

ESGという言葉が生まれるずっと前からESGを意識した経営をされてきたわけですね。最初にESGのE (Environment) 、環境への取り組みについて具体的にお聞きしたいのですが、いつから、どのようなきっかけで始められたのでしょうか。

当社の環境への取り組みの原点はデンマークで環境保護法ができた1974年まで遡ります。当社は新しく独立した環境部門を立ち上げ、自社生産拠点からの排水、騒音、臭気などの環境影響の測定を始めました。以降、常に環境負荷の低減に努めています。長年にわたり、水の消費量を減らすこと、発酵工程から出る水をリサイクルすること、二酸化炭素排出削減に取り組んでいます。当社の始めの目標は、生産量の増加とCO2排出量を同時に増加させないようにすることでした。そして2015年には、全世界の生産拠点において2020年までにすべてのエネルギー利用を再生可能エネルギーに転換することを目標に掲げ、大変喜ばしいことに本年、その目標を達成しました。もちろん、これにはオペレーションで使用されるエネルギーの再生可能エネルギー100%を実現している日本の郡山工場も含まれています。RE100プロジェクトのような世界中のさまざまな気候変動イニシアティブに参加することは重要ですし、より多くのグローバルなコラボレーションが必要だと思います。

昨年、「Circular for Zero -循環型ビジネスで環境負荷ゼロを実現する-」という新しい環境戦略を発表しました。この戦略は、製品の再利用やリサイクルを可能にすること、再生可能エネルギーのみを利用することといった地球から得ている資源を補充するという循環型経済の考えに基づいています。自社の取り組みとしても、使い切りのプラスチック製品の利用は控えています。2030年までに、生産拠点だけでなく、全ての事業所において環境負荷ゼロを目指しています。自社だけでなく、サプライヤーも巻き込む形でCO2ニュートラル達成に向けて取り組んでいます。SDGsでいえばゴール12  (つくる責任、つかう責任) に対応した取り組みです。

2017年、温室効果ガス削減に関する情報開示のフレームワークがTCFD (Task Force on Climate-related Financial Disclosures) というタスクフォースによって提言されました。私も日本におけるTCFDの理解と利用を促進する「TCFDコンソーシアム」の会長として昨年から活動しています。実は、TCFDに対する賛同企業数が日本は世界の中で断トツで1位となっています。御社でも温室効果ガス削減に関する情報開示をこれまでも積極的にされてきたそうですね?

ノボ ノルディスクは世界で初めて環境への影響について報告書を作成した企業の一つなのです。それが早くも1994年でした。2003年までは、財務レポートと環境と社会の報告書を別々に発行していましたが、2004年には年次報告書として、財務データだけでなく非常に重要である非財務データ (環境や社会への貢献) をまとめた「統合報告書」の発行を始めました。このアプローチは、TCFDの目指すところとも非常に合致しています。現在、TCFD勧告に沿った情報開示を統合報告書に段階的に組み込んでいます。

それほどまでに環境問題にコミットし続けるには、創業時の思いだけでなく、長期にわたってぶれない企業理念や経営方針がなくては不可能だと思いますが。

そのとおりです。環境問題に取り組むことは、長期的な視点を持っている企業であれば、容易ではないにしても必要な視点ではないでしょうか。私たちは、パーパスに基づいて事業を行っており、そのパーパスを達成するためには、環境、社会、財務の3つの視点から事業を見なければならないという経営原則に基づいて行動しています。これが「サステナブルなビジネス」をリードするために必要なことだと考えています。私はノボ ノルディスクに長年勤めておりますが、この経営原則にそって意思決定が本当に実行されている例を何度も見てきました。

interview04_02.png

まさに、収益力と社会貢献をバランスさせるROESGの考え方と方向性が同じですね。ただ私はこの指標をつくるときに、収益と社会貢献のスコアをどう組み合わせるべきかずいぶん悩みました。御社は環境・社会・財務という3つの面に重みの差をつけて判断されているのですか?

いえ、どれがより重要でどれが二番目、三番目ということはありません。全ての視点が重要です。例えば、財務的にメリットのあるビジネス機会があったとしてもそれが社会的あるいは環境的に望ましくないという判断があれば採用を見送るなど、すべての決断をこの3つの面から包括的に考えるようにしています。

それを常に全社的に行うのですか?

はい、それは本当に全社をあげての取り組みになってきていると思います。また、当社には「ノボ ノルディスク ウェイ」という行動指針があります。この「ノボ ノルディスク ウェイ」を実践する上での指針を10のエッセンシャルズにまとめています。例えばエッセンシャルズには次のような項目があります。「私たちは、患者さん中心のビジネスアプローチをとることによって価値を創造します。」「私たちは、すべての人々を尊重します。」「私たちは、一人ひとりの業績や能力開発を重視します。」これらは、世界中の従業員が共有し、説明責任を負う価値観です。これらの価値観が根底にあり、深く根付いているからこそ、常に患者さんの利益を念頭に置きながら、財務面、環境面、社会面の全てに確固とした責任を持ってグローバルに事業を遂行することができるのだと確信しています。このことが「変革を推進し、糖尿病やその他の深刻な慢性疾患を克服する」というパーパスの達成を支えているのです。

これまでさまざまな企業をつぶさに見てきましたが、明確な目的と指針を全社で共有することは非常に重要だと実感しています。しかし、それがたやすいことではないのも事実です。御社ではどのように社員に浸透を図り、維持しているのでしょうか?

もちろん、新しく社員が入社した際には、オンボーディングプログラムの一環として、ノボ ノルディスクのパーパスと価値観の両方について社員と継続的に対話を行うことは、人材管理者の責任であると考えています。そして私たちは、内部監査に例えられるような仕組みを作りました。これを「ファシリテーション」と言い、1997年から始まりました。定期的にファシリテーションチームが世界中のオフィスを訪れて、ノボ ノルディスクの経営理念とノボ ノルディスク ウェイをどれだけ遵守しているかを評価します。この「ファシリテーター」は、勤続15-20年の社員で構成され、数年の間自分たちの職務から離れてファシリテーターとしての役割を果たします。このファシリテーションの目的は、ビジネスユニットが改善の必要がある領域を特定し、できる限りよりよいものへ改善していけるよう努力することを支援することです。コンプライアンスのレベルが高いか低いかなどの評価は受けますが、これは競争ではなく、継続的な改善と他のオフィスでの良い実例を学ぶことを促すものです。このプロセスの中には、少しだけ“カイゼン”のようなものがあると言ってもいいでしょう。自分たち自身で評価を行い、独立した客観的な評価を行うことが「ノボ ノルディスク ウェイ」の効果的な浸透・維持につながると考えてはじめたことです。具体的には、この指針の各項目についてどのようにそれを実現しているか、各オフィスから提出された文書や個別の社員への聞き取り調査をもとにファシリテーターが評価するのです。従業員が何か懸念していることがある場合に匿名で声を上げることができる仕組みにもなっています。これらの各評価の後、私たちは改善計画を作成し、継続的な改善のためにそれを実行することが求められています。本当によくできた仕組みだと思います。

大変興味深い仕組みですね。より高次のガバナンスについて考えると、これだけ長期的な視点に立った経営を行うには、短期的な利益に左右されない資本戦略が必要だと思います。しかし医薬品業界はM&Aの激しい業界ですし、難しい舵取りが求められるのではないでしょうか。

当社は株式所有構造が非常に特徴的であり、そのことが、私たちのビジネスを非常に全体的かつ長期的な視点で見ることができる理由の一つであると考えます。大株主はノボ ノルディスク財団で、資本金の28.1%*1の株式しか所有していませんが、議決権を76.1%保有*1しています。財団は、得られた利益の提供について科学的あるいは人道的な目的に寄与するよう定款に定めています。この株式所有構造は北欧特有のもので、この仕組みによってノボ ノルディスクは短期的な利益の最大化に焦点を当てるのでなく、長期的でサステナブルな成長を目指しながら社会や環境における課題に取り組むことができるという点で、重要な要素となっています。

短期的な利益を求める株主や敵対的買収に左右されないガバナンス体制を整えているということですね。私は2013年に経済産業省におけるコーポレートガバナンス改革の議論を座長として開始したのですが、その議論をまとめた報告書が翌年「伊藤レポート」という名で発表され、日本でガバナンス改革が始まるきっかけとなりました。このレポートでは企業にもっと社外取締役を入れて、取締役会を活性化させるべきだというメッセージを出しています。

ノボ ノルディスクでは13名の取締役会のメンバーのうち9名が社外から、4名が社内から選出されています。各人のバックグラウンドは製薬会社、石油会社、電力会社、金融機関など実に多様で、国籍、性別もダイバーシティに富んだ顔ぶれです。

企業風土を守るため、またガバナンスの透明性を担保するために、経営幹部を選ぶ際には指名諮問委員会を置かれていますか?

CEOを含む経営幹部の指名にあたっては、株主の皆さまから選任された取締役会が、候補者の能力、スキル、経験、リーダーシップの姿勢、人柄などを精査し、業績の向上と企業文化の維持・発展の観点から最適な人材を選任しています。過去40年間、ノボ ノルディスクには3人のCEOしかおらず、その全員が就任時にはノボ ノルディスクで長いキャリアを積んでいました。

「伊藤レポート」でもうひとつ、強いメッセージとして出したのが、ROEの比率を上げよう、ということでした。日本企業はイノベーションに熱心で画期的な製品を出しているのですが、結果として財務的なパフォーマンスが低かったのです。レポートでは最低でも8%以上にと提言しましたが、御社は80%という驚異的な高さを維持している。世界のメガファーマでもこれほどの高さを持ち続けられるところはまずありません。なぜそんなことが実現できているのでしょうか。

当社は1923年の創業以来、主には糖尿病ケアのリーディングカンパニーとして成長することに注力してきました。現在では売上高の約8割が糖尿病領域となっています。他社と当社の違いは、特化した疾患領域でビジネスを行っていることだと思います。このことにより、新製品を開発する際の成功率が高く、糖尿病におけるイノベーションにいち早く着手することができ、ビジネスを展開する疾患領域でマーケットリーダーになることができています。高い研究開発の生産性とマーケットにおける確固たる地位が、当社が高いROEを維持している所以だと思います。しかし、それを維持し続けるためには、変革し続ける必要がありますし、世界中の患者さんのニーズに応えるためには、優れた企業であり続けなければいけません。

他のメガファーマは従来、他領域の会社を買収して成長していく戦略をとってきましたが御社は明らかに違いますね。オーガニックな成長を重視しているということでしょうか。

はい、1989年にノボ社とノルディスク社が合併して以降は大きなM&Aはありません。私たちが得意としている疾患領域に関連する最先端の技術をもった小規模な企業の買収は行っています。このように自分たちの得意分野や技術を補完していくことも、今後の道筋になるのではないでしょうか。

対談中の一橋大学 CFO教育研究センター長 伊藤邦雄・ オーレ ムルスコウ ベック

次にESGのS (Society) 、「社会貢献」についてお聞かせください。SDGsのゴール12に加え、どのゴールにつながるのでしょうか。

深刻な慢性疾患を抱えた患者さんがより健康な人生を送るために、新しい製剤を開発し市場に変革をもたらすことが私たちのもっとも重要な使命ですが、よりよい医薬品の開発と提供だけではそのパーパスは果たしきれません。糖尿病患者さんは世界で4億3500万人以上に上り、とりわけ途上国で急激に増え続けています。途上国ではヘルスケアの資源が限られており、医薬品へのアクセスに問題を抱えています。

 

こういった課題を解決するため、「Defeat Diabetes (糖尿病に打ち克つ) 」という新社会的責任戦略を立ち上げ、低中所得国において入手しやすい価格でヒトインスリンを提供する「インスリン アクセス コミットメント」プログラムを実施しています。このプログラムでは、2020年8月1日より、ヒトインスリンをバイアル1本あたり3米ドルで提供しています。つまり、2型糖尿病患者さんのインスリン治療にかかる1日の費用は20セント程度にしかならないということです。また、「Changing Diabetes® in Children (糖尿病の子供たちの未来を変える) 」というプログラムでは、1型糖尿病の子供たちにインスリンの寄付を行っています。現在、25,000人以上の子供たちがノボ ノルディスクから生命を救うインスリンの提供を受けており、今後10年間で10万人の子供たちに増やすことを目標としています。これらはSDGsでいうとゴール3 (すべての人に健康と福祉を) の3.4*2に貢献する取り組みです。実は医師である私の息子は先ごろ国境なき医師団の仕事でケニアに赴任しているのですが、勤め先の病院で1型糖尿病の子供たちが全員このプログラムに登録されていて、ノボ ノルディスクからインスリンを無料でもらえると知ったときは、父親の会社をかなり誇りに思ったそうです。また、都市環境における糖尿病の劇的な増加に対応するためのプログラムである「Cities Changing Diabetes (都市に蔓延する糖尿病の克服) 」の一環として、日本でも福島県郡山市と福島県立医科大学とともに共同研究を行いました。この調査から得られた結果を基に、郡山市では、糖尿病の予防や重症化予防に取り組んでいくことになっています。

そうですか!まさにビジネスと社会的活動が見事に一致していますね。いま、ミレニアル世代と呼ばれる若い世代は就職先を選ぶときにESG経営を行っている本物の企業を選ぶようになっていますね。御社のこうした社会的な取り組みは優秀な人材を採用する上でも大きな追い風となっているのではないでしょうか。

若い人材を惹きつける上で、非常に重要な要素です。いわゆる“ミレニアル世代”は、人生におけるパーパスを求めており、それを提供する会社を探し求めていると思います。加えて、社員のエンゲージメントのためには、社会全体に好意的に貢献できる機会を提供してもらうことも重要だと考えています。慌ただしく、スピード感のある現代社会において、自分たちがやっていることが社会に必要とされていると感じ、それが付加価値となっていることを実感することが大切だと思います。

従業員エンゲージメントも財務データに表れない大きな企業価値の一つですね。

はい、まさにそうです。売上高と営業利益はコインの一面にすぎません。社会への貢献や環境への影響についての透明で詳細な情報はもう一つの側面です。しかし、従業員のエンゲージメントはもう一つの「無形資産」であるという考えはその通りだと思います。従業員のエンゲージメントについて数値化することは難しいですが、育み、成長させるべきものです。会社で働く人々と、私たちのパーパスに突き動かされる、糖尿病、肥満症、血友病、成長障害の人々に奉仕したいという思いが、長期的な成功へとつながるのです。そして、企業を経営する上での原則の重要性に立ち返ることになります。 それは長期的に持続可能で、意味のあるものであり、従業員が潜在能力を最大限に発揮できるようなものでなければなりません。

財務的な実績と社会・環境への貢献が相乗的に企業価値を高めていることが大変よくわかりました。日本の企業経営にも参考にしてもらえるよう、今後、大いに国内で紹介していきたいと思います。

当社の取り組みが、日本の企業の皆様のご参考となるのであれば大変うれしく思います。本日はありがとうございました。

*1「ノボ ノルディスク統合報告書2019年」より
*2 2030年までに、非感染性疾患による若年死亡率を、予防や治療を通じて3分の1減少させ、精神保健及び福祉を促進する。

 (構成 : 江口 絵理) 
 (撮影:今村 拓馬) 

※この記事は、2020年取材当時の情報です。

20200827ノボノルディスクファーマ

20200827ノボノルディスクファーマ