インスリンへの誤解を解いて本来の自分を取り戻そう
審査員 小峯慎一さん
私が糖尿病だと診断されたのは、35歳のとき。ホノルルマラソンから帰国後、身体の異常に気づき、検査を受けてのことでした。父が糖尿病で亡くなっているので、昔から運動や食事には十分気をつけていたのに2型糖尿病と診断され、どん底の気分でした。何とかしようと、食事は野菜ときのこと少量のご飯だけにして、毎日15キロ走るなどガムシャラに運動し、体重が激減してガリガリ。それでも血糖値は下がらず、眼底出血までおきてしまって――。もう限界でした。
大きな転機となったのは、松浦クリニックに通い始め、松浦靖彦先生に出会ったことです。
先生が「去年1年で、8人の方がインスリンを止められましたよ」とおっしゃったときは驚きました。僕は、インスリンは最後の手段であり、始めると一生打たなければならない、インスリンを打つとすい臓が動かなくなってインスリンが出なくなると思い込んでいたのです。大きな誤解でしたね。
先生の本当に親身な言葉、それに先生は多くの患者さんを診ている専門医。だから信じてみようと思ったのです。インスリン注入器を見たときは、ペンみたいで驚きました。注射器には見えなかったし、お腹に打ってもらっても全然痛くありませんでした。
私にとって人生で2大イヤなこと、それは「糖尿病になること」と「インスリンを打つこと」でした。でももうその2つはクリアしてますから、人生でもうイヤなことはないんです(笑)。それに、糖尿病はきちんと管理していけば怖いものではないことが分かりましたし、インスリンについては自分が大きな誤解をしていたことが分かりました。インスリンを始めてから、いろいろな面に変化が生じましたね。体調はとても良くなり、いつも神経質でイライラしていたのが収まって、家庭にも以前の明るさが戻ってきました。周囲の人にも糖尿病やインスリンのことを自然に話せるようになり、食後にインスリンを見せて、みんなの驚く顔を見て楽しむ余裕さえできました。
私のように、インスリンへの誤解から注射を躊躇している方が沢山いると思います。今後は、そういった方の誤解を解くような活動をしていけたらと思っています。
今回の応募作品を読んで感じたことは、何の病気でもそうかもしれませんが…特に糖尿病のように一生付き合わなくてはいけない病気の場合、一番大切なのはそれを受け入れる事だと思います。実はそれが一番難しい事なのかもしれません。しかし、病気を受け入れる事が出来れば、その日から新しい人生が始まっていくような気がします。
インスリン注射という、ともすれば暗くなりがちな治療も堂々と受け入れ、それが生活の一部となり、そしてそれをその人の個性にまでにしている皆さんのエッセイは、明るく前向きなものばかりでした。
プロフィール
動物エッセイスト。1歳のとき、37歳の父が糖尿病で亡くなる。そのため食事や運動には十分気をつけていたが、35歳のとき、糖尿病と診断される。経口薬と運動、食事による自己流の治療を行なっていたが、体重の激減、眼底出血を起こす。松浦クリニックに通い始め、運動や食事療法の正しい指導を受け、2004年からインスリン治療も始めて、少しずつ元気を取り戻す。眼底出血も完治し、毎年参加していたホノルルマラソンにも再挑戦したいと考えている。
糖尿病エッセイ大賞 トップページに戻る
|