二人の歩こう会
北海道 ペンネーム:津島修吉さん
となりの家に住むFさんは、つい最近糖尿病で足の血管をつなぐ手術を受けた。そうして、お医者さんに歩くように指示されたという。
ともに年金生活者であり、私は健康のために毎日一万歩を目標にしている。彼は手術の結果、歩行がスムーズではない。そのためであろうか、歩くのが億劫らしい。
ある日の午後五時ごろだった。熱い夕日を背に受けふき出す汗をぬぐいながら踏み切りを渡ると、前方に右足を引きずって歩いている人がいた。Fさんだった。顔面蒼白だった。
「午前中に一回、午後一回歩くことにしているが、たった二十分でもさぼってばかりだ」
「歩けるんだったら、調子はいいんだね」
「どうだかね。昨日定期検査を受けたが、足の表面しか血液が流れていないと指摘された。おれ若いときから車ばかり乗って、歩くという習慣がないだろう。歩くのは正直つらいよ」
「テレビで放映していたが、歩くと毛細血管が増えると言っていたな」
「そうだってね。だからお医者さんは、歩けっていうんだろう」
「じゃあ、いっしょに歩こう。ぼくは一日一万歩が目標さ。一人で歩くのは、ぼくもつらい。君と同じでぼくも車ばかり乗っていたから、歩くのは苦痛だよ。君の時間に合わせるからいっしょに歩こう」
「おれが歩くのは二十分ぐらいだろう、君とは歩調が合わないよ。かえって迷惑をかけるな。遠慮するよ」
「行くときだけいっしょさ。君は十分で戻るだろう。そこまでともに歩くだけで、ぼくも励みになる。へんに気をつかうなよ」
二人の歩こう会は、互いを支え合うために成りゆきで結成された。ともに健康維持が目的であった。
まず、午前十時にいくぶん高まった気持ちを押さえながら、彼の家へ向かった。彼は、おっと手を上げた。待っていたのだ。彼は、足を引きずりゆったりと歩く。ぼくは、その速さに合わせた。今日は、踏み切りを渡って道路が交差する所まで行って戻るという。
彼は先に行ってくれと私に気をつかったが、あと少しだからと断った。歩きながら、
「歩けば本当に毛細血管が増えるんだろうか」と彼は不安気だった。
「これは実験で確認されたことだから大丈夫だ。すぐに成果を求めずに、ゆっくりやろうよ。あまり先を考えると気がめいるぜ」
「そうだよな。おたがい毎日が日曜日なんだから、なにも急ぐことはないんだよな。それを忘れていた」
「一日歩けば、明日は毛細血管の芽が一つ出ると思うようにしたらいいんじゃないのかな」
「病気になると疑い深くなる。そういえば、ついこの前に糖尿病がもとで亡くなった人は、八十六歳だった。あの人は、朝、昼、夕と必ず歩いていた。やっぱり歩けば効果があるんだろうか」
「そうだよ。手本になる実行者がいるじゃないか。とにかく歩かなくては、良いほうに向かわない。反対に歩かなければ、あっという間に悪くなるのは確かだ」
とりとめもない話をしているうちに、交差点に来た。「じゃあ、車に気をつけてね。また、明日会おう」と手を上げて別れた。
一週間がすぎた。なぜか気も体も重い。今日は休もうとの思いが頭をよぎったが、彼が待っていると思いいやいや家を出た。ところが、玄関に彼がいない。私と同じ気持ちなのか。
まあ、無理じいすることもないかと、「ぼくだけで歩きます」と声をかけた。すると、ドアが開いた。「待ってください。今主人が靴をはいていますから。いつもいつも誘っていただいてすみません。これからもよろしくお願いします。○○さんだけがたよりです」と奥様は何度も頭をさげた。
彼は、まいったよと照れながら出てきた。
「疲れたり、気がすすまないときは無理するなよ」
「しかしね、家内は休みぐせがつくとさ」
「気が重いときは、休み休み歩くとか、距離を短くするとか工夫すればいいだろう」
「うまくさぼるってことだな。それなら学生時代から得意だったぞ」
「まあ、おたがいにな」
と顔を見合わせてにやっとした。
二人の歩こう会は、満二年になる。毛細血管が増えたかときくと、お医者さんは「ちょっぴり増えた」と断言したという。「それはすごいぜ、運動しても体力がおとろえる年齢なのに、病気にかかわらず効果が出たとは奇跡だ」彼は「そういうことか」とにやっとした。背筋をピーンと伸ばして歩く姿は、自信にあふれていた。彼は、一つの山をこえたと直感した。
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