チーム・ダイアベーテス・ジャパン
福岡県 津崎成幸さん
糖尿病が面白くなったのは3年前のことです。いつものように診察を終えた後、主治医から意外な言葉が出たのです。
「津崎さん、ホノルルマラソンに行きましょう―」
「何を突然! ウヒェー、だめです先生!!!!子供の頃から徒競争ではいつもビリ、球技もだめです、格闘技もだめです、ゴールでバタッと倒れこむマラソンなんてとんでもない話です! 考えたこともありません!」
その年は、とにかくウォーキングでお茶を濁しましたが、翌年「行きますよ、ホノルル!」と一方的に言われましても――!
とにかく俺も年だし(昭和17年生まれ)、なんとか断ることを考えなくっちゃ。
というわけで行った所は整形外科。
「どうでしょうか、私のような体でランニングなど出来るでしょうか?」
“マラソン”なんてとても怖くて切り出せません。とっさにランニングと言ってしまったけど・・・いや、ジョギングと言ったような気もする。
ところがこの整形外科の先生、「良いですよ!どんどん走ってください」
オー・ノー。それはないだろう!なんで「無理しなさんな」と言ってくれないの―!
よし、しょうがない、こうなったら覚悟を決めよう。
近くのジムに通い始めてみました。さらに近所の小道も走ってみました。はじめは200mも走ると喉の奥が痛くなる。でも不思議なことに300m走り、400m走るうちに少しずつ距離が伸びてきます。驚いたことには「そぞろ歩き」ならぬ、「そぞろ走り」で走るとむしろ歩くよりも疲れないことがわかりました。もっと驚いたことに、時々走るようになってからは毎月計っている血糖値が確実に下がってきました。ホノルルマラソンに行くぞ!と覚悟を決め、目標を定めてからのトレーニングも楽しくなってきます。さらに不思議なことに、どんどん道が開けてくるのです。ある日新聞を読んでいたら「にこにこランニング」という文字が目に飛び込んできました。なんと!「60歳以上の人でも十分マラソンができる」と書いてあるではありませんか。幸い市民講座も開かれていたので、急遽そのトレーニングを受講。そして「やれるぞ」の確信に到達。走れる自信を抱いてしまったのです。
僕はとうとうホノルルマラソンに出場してしまいました。暗闇の午前5:30に花火とともにスタートしてお昼近くにゴールするのですから、たいそう時間はかかりましたが完走してしまいました。ゴールでフィニッシュのご褒美“貝殻のレイ”を首にかけてもらったしあわせは糖尿病にならなかったらめぐり合えなかった感激でしよう。
このマラソンで、スタート間もなく、目の前のランナーの背中の文字に目を奪われました。なんとそのランニングにプリントされているのは
「TEAM DIABETES CANADA」(カナダ糖尿病チーム)
カナダでは糖尿病の仲間が“糖尿病チーム”の旗を掲げて走っているんだ!びっくりするやら呆れるやらで、僕はしばらくこのカナダの連中たちの後を追ったのであります。(俺だって糖尿病だぞ!)
マラソンの興奮もまだ冷めやらぬある日の診察、僕は主治医にこの話をしました。「カナダってすごいですねぇ先生!おそろいのランニングシャツを着て走っていましたよ。沿道からも同じ模様の旗を振って応援していましたよ!」僕はそのときに走りながら撮った写真を先生にお見せしました。
さて、日がたち月が替わりホノルルの話も忘れ去った頃、いつもの診察の後、「津崎さん、私たちもやりますよ!」と主治医。待合室の壁に貼られていた新しいわれらのユニフォームを見て驚いた・・・
なんと、
『Team Diabetes JAPAN』! (日本糖尿病チーム)
「ウヒェー!」である。
「よーし! 今年も走るぞ、昌江先生!」
そう、僕の主治医は知る人ぞ知る『南昌江先生』であります。
さあ世界に走り出すぞ!
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